最近、また過熱気味のスーツ・ギーク論争。
代表的なところをちょっとピックアップしてみます。
- スーツにはスーツの道がある - GoTheDistance
- そもそもスーツって何なのさ~スーツ話の補足~ - GoTheDistance
- 404 Blog Not Found:スーツの道も、舗装するのはギーク
- 2008-01-04 - 2008年のはぶにっき
一般に「スーツ」と揶揄されることの多いSIerに勤めている僕ですが、「スーツ」とか「ギーク」とかの定義が曖昧だなぁと思っていて、ブログでも「スーツとは・・・」「ギークとは・・・」みたいな書き方はしたことがありません。
でもまあ、正月だし、ちょっと浮かれ気分で、この「スーツ」「ギーク」論について書いてみようかと思います。
まず最初に書いておきたいのが、「スーツ」とか「ギーク」とかの定義が人によってばらばら、十人十色で、同じことについてものごとを言っているように見えて、実は全然違うことを書いているということ。これが、スーツ・ギーク論争の面白いところでもあり、話が収束していかない理由だと思います。
スーツ・ギークについて書いてあるエントリを読むときは、文中の「スーツ」「ギーク」の定義は、自分の中にある定義じゃなくて、その文中で定義されている意味で読まないと議論がそもそもかみ合わないですよね。
id:gothedistanceさんのエントリに対するはてブコメントは、その辺の定義のくみ取りが難しいので、結構雑然としている感があります(それがまた面白いです)。
僕個人の意見としては、「スーツ」「ギーク」ってのは、相反するように見えて実は全然違うベクトルのものじゃないかと思っています。

じゃなくて、
こんな感じ。
「スーツ」ってのは、技術をお金に換えたり、プロジェクトを管理することができる人のことで、「ギーク」ってのは、持っている高度な技術力でシステムを作ることができる人のこと。服装は特に問わないですよ。カジュアルな「スーツ」がいても良いし、スーツ着ている「ギーク」がいても良いじゃないですか。
ただ、営業・管理職だからスーツとか、プログラマはギークとか、単純なものではなくて、そのベクトル上の極めちゃっている人のことだと思います。
だから、「仕事をろくにしない人」とか「技術に無関心」とかいう論調で「スーツ」という言葉が使われたり、普通のエンジニアやプログラマが「ギーク」と名乗ったりすることに、かなり違和感を覚えます。
「スーツ」で「ギーク」な人もいるじゃん、と。まあ、そう思ってないとSIerの中で頑張っていけない自分がいるのですが。
ま、これは僕の「スーツ・ギーク観」なので、これが正しいですよというつもりはなく、自分はこう考えてますという意思表示ですわ。
で、自分はどっちもできるようになりたいなと思っています。上の図でいったら、目指すのは、「スー・ギーの10,10」ですね。
今はそうなるためにはどうすれば良いんだろ受かってことを模索中ですわ。
最近思うのは、大事なのは「自分と価値観の違う人と如何に付き合っていくか」ってことじゃないかなと。
あと、id:habuakihiroさんのエントリの中の「スーツ」は、「仕事もろくにしないのに偉そうに他人をこき使って給料をもらってるやつ」と定義されてますが、これが多い会社はいい会社かって、んなわけないと思うのです。
そういう職場環境にいる人へのメッセージは、「小さい会社へ行け」とか「あきらめろ」とかだけじゃなくて、「自分が働きやすい職場環境にしていけ」っていう第3の選択肢も加えて欲しいなと。
職場環境は変えられますよ。
それこそかなりの根気と努力(アイデアでカバーできる)が必要だけど。
職場が暗いなぁと思ったら、自分から挨拶して声かけて回るとか、花でも買ってきて飾ってみるとか、ブラインド開けるとか、パーティション取り払うとか。今やっている業務が自分のやりたいことじゃなかったら、やりたいことができるだけの技術を身につけたり、上司や上司の上司と交渉したりすればいい。会社を辞める前に、色々できることはあるわけです。
逆に、この努力をしておかないと、どこにいっても一緒ですよ。
ただ、やりたいことがその会社ではできないのであれば話は別。
例えるなら、八百屋で働いているとして、魚が売りたいと思ったら魚屋に転職すれば良いし、八百屋の仕入ればかりじゃなくて店頭で接客したいとか、八百屋の販売をもっと効率よくしたいのであれば、その八百屋でできるだけのことをしてみれば良いと思います。
なんか話が途中からずれちゃいましたが、SIerの中でギークっぽく(あくまで「っぽく」)働くことは全然可能ですよ(というかそう思いたい)ってことです。